📚 医療AI Webサービスの特許戦略 ― 分散デプロイ時代の権利化と権利行使

第1回:推論は米国、DBは欧州——“国境のない医療AI”に、日本の特許権は届くのか?

宍戸&アソシエーツ 2026年8月28日知財・バイオ
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このシリーズの問い

「国境のない医療AI」を象徴する扉絵。推論は米国、データベースは欧州、患者は日本——一つのサービスが大陸をまたいで静かに分散している。
「国境のない医療AI」を象徴する扉絵。推論は米国、データベースは欧州、患者は日本——一つのサービスが大陸をまたいで静かに分散している。図:AI作図 © 宍戸&アソシエーツ(Gemini作成)

本連載は、国をまたいで分散デプロイされた本格的な医療AI Webサービスに対して、方法・システム・装置・学習済みモデルといった各カテゴリの特許権が「届くのか」を、技術と知財の両面から検討します。出発点は、ネットワーク越しのサービス提供における「実施の主体」と「実施の場所」を正面から扱った最高裁判決——ドワンゴ対FC2事件です。

(学習済みモデルは、特許庁の運用上、いわゆる「プログラム」など“物の発明”として保護対象になり得るとされています。各カテゴリで権利の届き方がどう変わるのかは、本連載の重要な論点です。)

出発点となる最高裁判断(ここまでは“確認できる事実”)

最高裁が示した“物差し”。形式的なサーバ所在地ではなく、4要素を総合考慮して「実質的に国内における実施」と評価できるかで判断した。
最高裁が示した“物差し”。形式的なサーバ所在地ではなく、4要素を総合考慮して「実質的に国内における実施」と評価できるかで判断した。図:宍戸&アソシエーツ作成(matplotlib)
  • 初判断:最高裁第二小法廷は2025年(令和7年)3月3日、国外サーバと国内端末にまたがるネットワーク型システムに日本の特許権が及ぶかについて、最高裁として初めて判断を示しました。
  • 構図:対象はコメント付き動画配信に関するドワンゴの特許。被告のFC2(米国法人)らは、米国所在のサーバから日本のユーザ端末へプログラム/ファイルを送信していました。
  • 2つの事件:第1事件(令和5年(受)第14号・第15号)はプログラムの「提供(送信)」(特許法2条3項1号、101条1号の「譲渡等」)、第2事件(令和5年(受)第2028号)はシステムの「生産」(同2条3項1号)が争点でした。
  • 判旨の核:属地主義(日本の特許権は日本国内にのみ及ぶ)を前提としつつ、「国外サーバ/国外送信という一事だけで、直ちに特許権が及ばないとはいえない」としました。
  • 判断の物差し:形式的なサーバ所在地ではなく、諸事情を総合考慮して「実質的に日本国内における提供/生産」と評価できるかで判断。考慮要素は、(ア) 国内向けサービス提供の過程か、(イ) 発明の効果が国内端末で発現するか、(ウ) サーバを国外に置くことに特段の意味があるか、(エ) 特許権者の国内での経済的利益に影響するか、などです。
  • 結論:実質的に国内での実施にあたるとして侵害を認め、FC2の上告を棄却。差止めと損害賠償(知財高裁が約1,100万円を認容)を命じた判決が確定しました。
  • 評価:「サーバを海外に置けば日本の特許は回避できる」という“抜け穴”を実質的に塞いだ初判断、と専門家から評価されています。

ここまでは、誰でも確認できる背景事実です。問題は、この物差しが“次の世代”のサービスにそのまま当てはまるのか——という点にあります。

なぜいま問題なのか(問題提起)

分散デプロイの一例。フロントエンド・AI推論・データベース・バックアップが別々の国に置かれ、「どの国で侵害行為が行われたのか」の輪郭そのものがぼやける。
分散デプロイの一例。フロントエンド・AI推論・データベース・バックアップが別々の国に置かれ、「どの国で侵害行為が行われたのか」の輪郭そのものがぼやける。図:AI作図 © 宍戸&アソシエーツ(Gemini作成)

(a) 実施の「場所」が消える。 クラウドでは計算リソースのリージョン(地理的位置)を世界中から自由に選べます。フロントエンド・AI推論・データベース・バックアップが別々の国に置かれることは珍しくなく、「侵害行為がどの国で行われたか」の輪郭そのものがぼやけます。

(b) 単純Webアプリ = 医療AI、なのか。 ドワンゴ事件で問題になったのは、比較的シンプルな動画コメント配信でした。最高裁が示した“総合考慮の物差し”は、学習・推論・データ連携が多層に分散する本格的な医療AI Webサービスにもそのまま当てはまるのでしょうか。射程の外に出てしまう技術領域はないのか——ここに、第2回以降の核心があります。

(c) 顧客が「世界中のヒトとAI」になる。 利用者は一国に限られません。近年はAIエージェントがAPI経由でアクセスします。一方で、公共の特許情報検索システムは自動・大量アクセスを嫌い、日本のJ-PlatPatもプログラムによる定期的な自動データ収集(ロボットアクセス)や大量ダウンロードを禁止し、該当行為が見つかれば予告なくアクセスを制限すると明記しています。「誰が・どこから実施しているのか」という前提自体が、静かに崩れ始めています。

本連載で扱う論点(答えは第2回以降で)

動画コメント配信のような単純Webアプリと、学習・推論・データ連携が多層に分散する本格的な医療AIサービスの違い。最高裁の“物差し”は本当にここまで届くのか。
動画コメント配信のような単純Webアプリと、学習・推論・データ連携が多層に分散する本格的な医療AIサービスの違い。最高裁の“物差し”は本当にここまで届くのか。図:宍戸&アソシエーツ作成(matplotlib)
  1. ドワンゴ対FC2 判決の事実関係と判断の核心(次回詳説)。
  2. 同事件のような単純なWebアプリと、本格的な医療AI Webサービスは技術的に同じか。最高裁の射程が及ばない技術領域があるのではないか。
  3. 射程外だとすれば、どのような新しい論点が生じるのか。
  4. 顧客が全世界(ヒト/AI)である場合に固有の問題。
  5. どうデプロイすると現行判例が当てはまりにくくなるのかの推察(リージョン指定や多地域バックアップによる「使用データの所在不明」を技術的に解説)。
  6. では技術的側面の権利化はどうあるべきか——全世界出願は現実的か、現時点でのベストな保護手段は何か。

後発サービスが権利行使を回避してしまう“設計の逃げ道”と、それに抗する権利化の工夫は、ケースごとに大きく異なります。具体的な設計・出願戦略・結論は、第2回以降で順を追って明らかにしていきます。

用語解説
- 属地主義:特許権の効力は、その国の領域内の実施にしか及ばないという原則。国境をまたぐクラウドで揺らぐ。
- 分散デプロイ:1つのサービスを、フロント・推論・DB・バックアップなど機能ごとに複数国・複数拠点へ分けて配置すること。
- SaMD(プログラム医療機器):診断・治療等を目的とするソフト単体が医療機器として規制される類型。

次回予告

  • 第2回:ドワンゴ対FC2の“核心”を解剖——「実質的に国内」とは結局どこまでを指すのか。
  • 第3回:医療AIは本当に「射程内」か——単純Webアプリとの技術的な違いから検証する。
  • 第4回:顧客が世界中のヒト/AIであることの固有問題——APIアクセスと“実施主体”の揺らぎ。
  • 第5回(まとめ):では、どう守るか——分散・越境時代の医療AI Web 保護戦略。

本記事は一般的な情報提供であり、個別の権利化・出願戦略・審査対応の判断は弁理士業務にあたります。個別のご相談は、宍戸&アソシエーツのお問い合わせフォーム(/patent-office/#contact)へお寄せください。

参考文献